<Lily of the valley-独りじゃない>





セイルと他愛も無い話しをしていると、ホテルからイオンが出てきた。どうやら帰ってこない俺を探しに来
てくれたみたいだ。イオンは俺を見つけるとホッとしたような顔をしてこっちに駆けて来た。ベンチまで来
て、そこでイオンは俺が一人じゃないことに気が付いたらしい。俺の隣に居るセイルを見て驚いた顔をし
た。

「ルーク、こちらは・・・?」

「あぁ、セイルって言うんだ。セイル、こっちはイオンだ」

「イオン。・・・まさか、導師イオン様ですか?」

「えぇ、そうです。初めまして」

セイルもまさか俺から導師イオンを紹介されるなんて思わなかったのか眼を丸くしていた。セイルにつ
いてイオンに幾つか話していた事を教えてやっていたけど、イオンはセイルをじっと見つめていて何だ
か俺の言っている事は流されているようだった。余りにも凝視をしているイオンを見かねて俺はイオン
の肩を掴んだ。セイルも居心地悪そうだったし、イオンも体調悪くしたら困るからそろそろホテルに戻ろ
う。そう考えてイオンに言ったら、イオンは首を横に振った。

「僕はセイルと二人きりでお話しをしたいのですが、良いですか?」

「俺は別に構わないが・・・」

意外なイオンの言葉に俺は驚いたけど、別に駄目だ何て言う資格は俺には無かったから、先に戻って
るからなと言ってホテルに戻った。










ルークの背中がホテルのドアの向こうへ消えたのをしっかり確認してから、僕は隣に立っていた青年を
もう一度見た。ルークから名をセイルだと紹介された男性は言ってしまえば、良く目にする在り来たりな
茶髪をした一見好青年の印象を感じさせる人だった。改めて彼を見ると、少しばかり困ったように眉根を
寄せた表情があった。そして存在を主張するかの如く強い輝きを秘めた蒼の瞳。
ルークはこの瞳を見て、気付かなかったのだろうか。

「・・・お話しを聞かせていただいても、宜しいですか?」

僕が再度訊ねると、セイルは頭に手をやって困った表情に笑顔を足して一つ頷いた。承諾してくれた彼
へ僕も微笑んで礼を言い、ベンチへ座った。セイルへ座るように促したけれど、立ったままで平気だと
返された。
少し間を置いて、僕は話を切り出した。

「貴方は、ルークのお知り合いの方なのですか」

「何故そう思われるのです?」

僕が問えば、それを問いで返してくる。

「貴方がルークを見る目つきが、とても赤の他人の様には見えませんでしたので」

はっきりと告げれば、セイルは意表を付かれた様に目を瞬かせてそれからあははと乾いた声で笑った。
見事に図星を突かれた、みたいな彼の反応に真実を話してくれるのだろうかと僅かに期待してセイルの
言葉を待ったけれど、彼は何も言わなかった。何も言わないまま、僕を静かに見返していた。その双眸
は今共に旅をしている『彼』の瞳とも寸分違わない色をしているのに、どうしてセイルの瞳の方が綺麗だ
と思えるのだろう。自分自身でも不思議だった。

「・・・今は貴方だけがルークの心の支えになるかもしれない」

「え・・・」

何も答えてくれないのかと半ば諦めかけていた時に、唐突に言われた言葉。僕は反射的に聞き返して
しまった。セイルは淡い笑みを浮かべながら

「イオン。ルークを助けてやって欲しい。俺はまだ、傍に居てやれないから」

頼む。
短く告げられた言と同時にふわりと頭に感じた温もり。セイルの手が頭を撫でたのだと言う事に後にな
って気が付いた。呆然としていると、セイルが踵を返して立ち去ろうとする。僕はそれを慌てて呼び止め
た。

「セイル!貴方の本当の名は・・・」

「導師。それは貴方の胸の内にだけ仕舞って置いてください。決して、口外しないように。・・・お願いしま
す」

セイルはそう言うと、足早に雪景色の中へ姿を消してしまった。
茶髪の青年が居なくなった後も少し放心して数分間その場に立っていたけど、漸く僕は糸が切れた操
り人形のようにすとん、とベンチに座った。
そう長い時間外に居た訳でもないのに指先が悴んで感覚が麻痺している。
でもそれは、僕がまだ、生きているという何よりもの証。
そして現実だという証拠。



あぁ、否定をしなかったという事はやはり彼は・・・。

けれど、そんな事がありえるのだろうか。



雪が舞い降りてくる空をぼんやりと見上げ、僕は自然と零れ出す笑みを隠せなかった。





ありえない事だったとしても、あれは絶対に『彼』だった。
彼であって『彼』でない。

でも確信できた事は一つあった。



セイルはルークの守り神なのだと。




















「ルーク!」

「おわっ?!な、い、いきなり飛びついてくるなよ、イオン!」

ホテルのエントランスで見つけた赤毛に飛びつくと、彼は少しよろけながらも僕の身体を受け止めてくれ
た。少し困惑気味の表情を浮かべたルークはいきなりどうしたんだよと訊ねてきた。彼の胸元に埋めて
いた顔を上げて、僕は笑いながら言った。

「僕だけでは、貴方の支えになる事は出来ないかもしれません。

けれど、貴方の抱えているものを全て知っている人が、今は近くに居なくても必ず何処かで見ていて、
貴方が危機に瀕した時。

 必ず。必ず助けに来てくれる人が居ます。

 これは預言ではありません。僕の本能が告げる確信ですよ、ルーク」

先程まで一緒に居た青年を思い浮かべる。

まるで親が子供を心配して向ける様な慈愛に満ちた温かい眼差し。
僕には本当の親なんて居ないけれど。けど、あの時のセイルの眼差しを見ていたら、きっとこれがそう
なんだろうなという気持ちにさせられた。

正直言ってしまって、僕はその時、ルークがとても羨ましく思えた。

羨ましい、と言えば響きは良いが、僕の胸中に沸き上がった感情は、羨ましいと言うより、醜い嫉妬に
近かった。



貴方には、貴方以上に貴方自身の事を想っていてくれる人が居るのです。

その事にどうか、気が付いてください。

いえ、気が付かなくても良い。



ただ言えるのは、貴方は決して独りではない。

それは、在るがままの真実。















それじゃあ、僕は先に戻っていますね。イオンは言い残すと固まっている俺を置き去りにして部屋に戻
って行った。

イオンが指していた人は、一体誰なんだろう。

俺の事を全て知っている人って・・・。

まさかアッシュな筈ないし。

「・・・まさ、か」



「ガイ・・・?」

まさか、ガイはこっちに来る手段なんて無い筈だ。
でもジェイドが何か案を出して、それでガイが一人こっちに来た、とか?それで俺と一緒に過去を知っ
ているガイが助けてくれる・・・?アッシュの記憶を取り戻す手段を一緒に考えてくれるのか?

そこまで考えて、思考を打ち切った。馬鹿馬鹿しく思えたから。
ガイがこの世界に来れる訳が無いんだ。
だからあのイオンの言葉はきっと別の人を言ってるに違いない。

「あ〜ぁ、考えて損した」

長い髪を掻き混ぜて自嘲する。
助けてくれる人が居るかもしれない、とか期待に胸膨らませる前に崩落しそうなセントビナーの人たちを
一刻も早く助ける為の手段を考えろよな。
自分を叱りながら、部屋に戻るのにエレベーターのボタンを押しながら考える。

グランコクマに行って陛下に状況説明してセントビナーに行ってシェリダンでは二度手間だ。そうすると
グランコクマからシェリダンに向かってギンジを助けて二号機を借りて急いで行く方が良いよな。
ただ問題なのが―――

「皆をどう説得するか、だよなあ・・・」

降りてきたエレベーターに乗り込みながら俺はさてどうしたものかと再び思考を廻らせる。





だけどあの死霊使いを言葉で説き伏せるなんて、俺には絶対無理だよなぁ・・・。




















アッシュはまだ当分出てくる気配無いです(爽
・・・。す、すみませんorz
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05.04